皆さんは「ラブライブ!」というメディアミックスタイトルをご存知だろうか?

一言で活動内容を説明すると、キャラクターと声優を連動させて活動するアイドルグループ。
2010年の声優アイドルグループ「μ’s」からはじまり、今でも「愛♡スクリーム」などの楽曲が大人気。私もかつては、楽しんでいたコンテンツだ。
ラブライブで学んだ事は多く、このコンテンツに出会えてなかったら、おそらく今ほど美少女コンテンツを楽しんでる事はなかっただろう。
一方で、自分の考え方を見つめ直すきっかけをくれたコンテンツでもあった。
今回はラブライブの思い出に絡めて学んだこと、思ったことを書いていこうと思う。
ラブライブとの出会い
私がラブライブに初めて触れたのは、アニメ2期が放映されていた時。ラブライブは今や「μ’s」「Aqours」「虹ヶ咲」「蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ」と様々なグループがあるが、当時は「μ’s」のアニメが放映されていた。今から10年前くらいだったかな。
ラブライブが最も盛り上がっていたタイミングだったのだが、私自身は触れようとはあまり思わなかった。と、言うのも当時の私は「美男・美女キャラクターは悪しき文化」という考えが物凄く根強かったからである。
キャラクターデザインに釣られるのは浅い。物語など内容で判断されるべきだ。
当然エロや下品なコンテンツなんてもってのほかだ。
カッコイイキャラクターもかわいいキャラクターも、どちらもそれぞれあざとく感じて嫌いだった。なんで嫌いなのか、当時は言葉にできなかった。
魅力は感じていたような気がするけど、それを認めたら人として終わりだくらいの傲慢さと、刺激的な表現に強い偏見を持っていた。
作品でいうと「クレヨンしんちゃん」は当然アウト。「コロコロコミック」もウンコ表現などが下品でダメ。「ファイナルファンタジー」も美男揃いでダメ。「テイルズ」シリーズも美男・美女だからダメ。「ガンダム」もダメ。・・・「ポケモン」「名探偵コナン」「ワンピース」はセーフだったかな。
…こうまとめると、酷く拗れてたなと思う…。なんというか「じゃあなんだったら良いの?」と感じられるかなと。我ながら人生楽しかったのかなコイツ…とも思う。
要するに「特徴的な見た目」「刺激を感じる表現」は大体ダメのイメージで良い。ただあくまでも個人的に避けていただけで、他人にこの感覚を押し付ける事はしなかったけど。それでもまあ、考えが狭すぎた人間だなと…。
これは私自身が拗れてたのは間違いないけど、親の影響も物凄く大きかったと思う。下品はダメ、可愛い女の子はダメ、エロもダメ、深夜アニメもダメな家庭環境だったので。
そう教育されてたから、私は全て悪しきものと本気で思っていた。今振り返っても、私は子供にとって最も影響力が強いのは親だと思っている。
当時の私が、今のこのブログを見たらどう思うだろう??恥ずかしさで顔を埋めて、なんなら地下に潜ってしまうかも知れない!w
…そんな人間だったのだが。
そんな拗れた私に、ラブライブや美少女コンテンツをオススメしてきた1人の物好きな友達がいたのである。
友達「ホッター!これ遊んでみろよ!この女の子が可愛いんだ」
私「嫌だよ!やりたくねぇよ」
友達「いいからさー、ほら起動したから。遊んでみろよ!ラブライブも見てみろよ!オタクの常識だぞ!」
彼とは学生時代、同じ研究室だったのだが。来る日も来る日もこんなやり取りをしていた。
最初はずっと断っていた私だったが、何回断っても彼は私を誘い続けた。しつこいとは思ったけど、彼の態度や素振りには嫌な感情がビックリするほど湧かなかった。
文章にしてしまうとどうしても押し付けっぽく見えちゃうんだけど、彼は純粋に楽しんで欲しくて言ってるんだと肌で感じていたからだと思う。まあ、単純に話せる人が欲しくて誘ってただけかも知れないけど。
私の強い偏見の中にも良心は残っていたようで、何度もオススメしてくる彼にどこか申し訳なさを感じたのでそこまで言うなら…と「ラブライブ」のアニメを見てみることにしたのである。
当時は2期からやってたけど、1期を見ないと話が分からないだろうと思って。私の美少女コンテンツは「ラブライブ1期」からスタートした。
アニメを見てて、私はどこかで「どうせ良い感じに仲間が集まって、アイドル活動がトントンと進む順風満帆なアニメなんだろうな」と、強い偏見を持ってみていたんだけど…。
最後までみると…面白かった。内容としてはスポーツ漫画やアニメのノリで、アイドル活動で学校の知名度をあげて廃校寸前の学校を救うという物語である。
アイドル部なんて存在しなかったので自分達で立ち上げ、少しずつ仲間を増やし、時には喧嘩や廃部寸前の関係に陥るなど、王道中の王道の物語だった。少なくとも真剣に作られたアニメだと感じた。

※ラブライブはアニメで知ったけど、本作の大きな特徴の一つでもある「アニメと現実の声優がリンクするリアルライブ」。アニメは勿論、ライブも沢山楽しんだ。
デザインの偏見
ラブライブを見て、色々学んだ。
私は美男美女のデザインを嫌がったけど…そこを否定してしまうと。作品ごとの特徴の選択肢を大きく狭めるなって。

ラブライブのキャラデザインって目が特徴的だなと。「ラブライブは目が気持ち悪い」という声もちょこちょこ聞いていたが、それは特徴が輝いている証拠だ。
「気持ち悪い」という単語は一見聞こえが悪く思えるが、おそらくデザインされた方からすれば…最も辛い評価は「何の感情にも訴えかけられない事」だろう。
良い意味で、人の感情に訴えかけられているデザインなのは確か。ちなみに私は良いデザインだと思った。
私自身が不快に思えるデザインも、誰かにとっては魅力になり得るんだなって。
誰にも不快感を与えないデザインは、詰まるところ誰の魅力にもなり得ないんじゃないかなって。
かつての私の考えで創作物が作られたら、それこそ誰の感情を揺さぶらないデザインばかりになってしまって。創作の個性をころしてしまうのではないだろうか?私自身が、いかに偏見で物事を見ていたのか。よく分かった作品だった。
私が本当に嫌だったもの
…私自身は、きっと美男美女のデザインが嫌だったんじゃない。下品やエロが嫌だったんじゃない。
親からの教育以上に、私の考え方の根っこには別のものがあった気がする。
「こういうデザインなら、オタクは喜ぶよね」
「こういう見た目なら、子供は好きでしょ」
こんな風に、人が何かを好きになる感情を雑に決めつけて作られたような創作物や態度が、私は昔からどうしても好きになれなかったのだと思う。私は私なりに真剣にアニメやゲームを楽しんでるから。
人の感情を雑に解釈したように見える創作物を厳しく見てしまっていたんだなって。これはたぶん今も昔も変わらない。
ただ。実際には私が勝手に決めつけていただけだった。ラブライブはそんな作品ではなかった。
私が本当に良くなかったのは、自分が物語や創作物の内容で判断するべきと思っていたくせに、デザインだけで決めつけていたこと。
作品の内容や世界観に合わせてデザインも作られてるはずで、それはしっかり調べたり創作物を触れないと分からないのに。偏見で決めつけていたこと、本当に良くなかったと今振り返っても思う。
まず触れてみる事の大切さ

露骨な表現に見えても、むしろそれがその作品の魅力を引き出している可能性だってある。まずはちゃんと触れて知ること。作者が何を表現したいのか?作品を通して対話する事が大事だったんだ。
このラブライブを見てからは私自身の考え方も大きく広がりを見せて。友達の付き合いも比較的乗るようになった。
友達がいなければ。私が友達の声を聴かない傲慢さを持ち続けていたら…今こうして創作を楽しんでいる自分はいなかったと思う。前よりずっと柔軟に創作物を楽しめるようになれた。その事が今は素直に嬉しい。
友人には本当に深く感謝している。本当に…ありがとう。
これからも私なりにちゃんと創作物を楽しんで。なるべく面白く魅力的な創作物を広めたり、自分でも作ったりしていきたい!


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